美鶴の見つめている前で、瑠駆真は何やら二人に話しかけている。それに対して相手も応対しているようだが、やがて瑠駆真の話を理解したのか、どちらも駅舎から離れていった。
見たところ、少し気落ちしているようでもあった。
「何なの?」
異性に絡まれるならわかるが、同性? しかも二人とも、唐渓の制服を着ていた。
「あんたって、男にもモテんの?」
戻ってきたところを美鶴に言われ、瑠駆真は困ったように肩を竦めた。そうして美鶴の隣に腰を掛ける。
「そんなんじゃないよ」
机と向かい合う美鶴とは逆に、机に背を向けて腰掛ける瑠駆真。長いすに並ぶ二人。少し間を空けたのは無意識か、それとも意図的にか。
「じゃあ何よ?」
微妙な距離を意識しないように、わざと声に棘を含ませてみる。幸い、美鶴の態度はいつでもこのようなものだ。瑠駆真に心内を悟られる心配はないだろう。
教科書へ視線を戻しつつぶっきらぼうに口を尖らせる相手に、瑠駆真は曖昧に笑った。
「ボディーガードだってさ」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
「ボディーガード?」
「そ? 王子様には必要アイテムだろうって」
言いながらため息をつく。
「別に必要ないって言うのに、やたらしつこくてさ。言い寄ってくる女の子たちを追い払ってやるからって」
「じゃあいっその事、護ってもらえば?」
チラリと嫌味な視線を送る。
「女の子たちを追い払ってくれるんでしょう? それとも何? 追い払われたら困るわけ?」
「え?」
「言い寄ってくる女の子を追い払われたら、逆に困るとか? 女の子に囲まれてたら楽しいもんね」
嫌味を言いたくなるのはなぜか? 権力などを振りかざすような事はしないだろうと思っていた瑠駆真の行動が、気に入らないからか?
一方、理由もわからず理不尽に嫌味を言われ、瑠駆真は眉を潜める。
「美鶴、いくら何でも怒るぞ」
「どうぞ怒ってください」
開き直るかのように言ってのける。
「不愉快なら出てってくれても構わない」
相変わらず相手の心情をわざと逆撫でするかのような態度に、瑠駆真はもう一度ため息をついた。
「そんなんじゃないよ」
うんざりと呟く。
「ボディーガードなんて、単なる口実さ」
「口実?」
「あぁ、本当は、僕との間に何らかの関係が欲しいんだろう」
机に背を凭れさせ、左肘を乗せる。
「あの二人、父親が共同経営する会社が何かの技術開発をしているらしい。確か風力発電に関係していて、その開発支援をしてくれるアテをあちこち探してるんだと思う。オイルマネーは魅力的だし、中東には石油に頼らない環境整備を積極的に進めている国もいくつかある」
石油依存地帯だと思われがちだが、石油が限りある資源であるのは事実。資源が枯渇した後も豊かな繁栄を保つために次世代型環境設備を整える。その重要性は、きっと石油を輸出している国自身が一番理解しているのかもしれない。
そんな国が投資する莫大なオイルマネーが、世界中の技術開発者にとっては魅力的なビジネスチャンスとなっている。どこそこの国で大規模なインフラ整備が行われるなどといった情報が流れれば、それこそ世界中が目の色を変える。
「僕と親しくなったからと言って、中東の国のどこかと技術契約が結べるわけではないのにね」
熾烈な顧客獲得競争の中、わずかなチャンスをも逃したくはないという貪欲なビジネス精神が、思わぬ形で瑠駆真に降りかかる。このような状況を想定していたから、父やメリエムは、瑠駆真の素性を隠したのだろうか?
「王子様も大変ね」
当て付けのように大袈裟な抑揚をつけて美鶴が言う。
「王子様は辞めてくれ」
「あら、だって王子様なんでしょう?」
嫌味な視線を瑠駆真へ投げる。卑猥に口元を歪める美鶴。
「自分は王族だって、だからラテフィルへ行っても不自由はしないって、自分から言ったじゃない」
確かに瑠駆真はそう言った。自分はラテフィルの王族だ。だから美鶴を幸せにできる。
「揉め事を避けて身分を隠していたのに、今さら突然知れ渡るのはどういったワケかしら? ひょっとして、私の謹慎を解くためにわざわざ身分を明かしたとか?」
「それは違うと、前にも言っただろう?」
自分から素性を明かしたのではないと、瑠駆真は美鶴にそう説明した。
美鶴は、信じてはいないのか?
焦慮の滲み出る瑠駆真の瞳。その円らで、黒々とした、宝石のような瞳を見ていると、美鶴は無償に腹が立った。
「あら、隠してくださらなくっても結構ですのよ」
まるで唐渓に通う高飛車な令嬢気取りで笑う。
「私のために権力を乱用してくださって、感謝してるんだから」
「権力の乱用って――――」
瑠駆真が我慢できずに腰を浮かせた。右手で美鶴の左手首を握る。
「何が言いたいんだ?」
「別に。ただ瑠駆真が言って欲しいだろうと思う言葉を言っているだけ」
「僕が、言って欲しいと思っているだと?」
「私に感謝してもらいたかったんでしょう? 謹慎を解いてくれてありがとうってね。私としては一言も頼んだつもりはないけれど」
「違うって前にも言っただろうっ!」
遂に瑠駆真は立ち上がってしまった。引き摺られるように美鶴も腰を浮かせる。握られた左手を思いっきり振ったが、そんな力で瑠駆真を振り払う事はできない。
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